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| ◆ ま行 ◆
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| ■見廻組(みまわりぐみ) |
見廻組は、京都守護職松平容保の支配下にあり、京都市中巡邏ならびに将軍警護を任務とした。見廻組が純然たる幕臣集団であったのに対し、新選組は農民・浪士・町人あがりとさまざまであった。任務に大差はなかったものの、幕府は直参部隊を京都に駐屯させる必要を認めていた。 元治元年、見廻組の総員は三百数十名で、慶応2~3年には五百名を超えた。
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| ■明光丸(めいこうまる) |
150馬力、887トンの蒸気船。文久元年ロンドンで建造され、元治元年11月、紀州和歌山藩が、イギリス商人グラバーから15万5千ドルで購入した。旧名バハマ号。明光丸と命名し、高柳楠之介を館長に任命した。 慶応3年4月22日、紀州塩津湾を出港、翌23日午後11時、讃岐箱之崎と六島の間を航行中、土佐海援隊が大州藩からチャーターした160トンのいろは丸右舷に衝突した。
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龍馬亡き後におりょうが語ったこと(その5)
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龍馬亡き後におりょうが語った事(その1)
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