●沢辺琢磨    2011/1/10 up  TOP  > 東京  > 青山  > 青山霊園北東   
東京都港区南青山2 

 墓の位置は、1種ロ20号11側。
 山本数馬。土佐藩士。武市半平太の妻富子は従姉妹。琢磨の父と龍馬の父は従姉妹。
 江戸の桃井春蔵の道場で修行中の安政4年8月4日、田那村作八と外出したさいに田那村が酒に酔って通行人にからみ、商人の佐州屋金八が投げ出していった風呂敷包みにあった二個の時計を道具屋に売りとがしたことから、事件が明るみに出る。藩邸で問題となり、武市半平太の尋問に罪を認めたため、武市と龍馬が佐収屋を訪れて事件を落着させた。山本はとりあえず謹慎処分と決定されるが、不名誉な事件のために切腹させられる恐れもあり、武市と龍馬の計らいで逃亡し蝦夷に渡る。
 同地で神明神宮司沢辺幸司の女婿となり、沢辺姓と神職を継ぐ。明治になってロシア人修道司祭ニコライより先例を受けてキリスト教徒となるが、禁教下のため迫害を受け明治3年には仙台で入獄し、放免後もキリスト者としての道を歩んだ。享年80歳。

参考文献: 東京「幕末」読み歩き〜志士の足跡を訪ねる(三澤敏博・心交社)
坂本龍馬大事典(新人物往来社)