●中江兆民生誕地    2010/6/14 up  TOP  > 高知東側   
高知市はりまや町3丁目19-18 

 JR土讃線「高知駅」から徒歩5分。江ノ口川にかかる山田橋から南へ2本目の道を左に入る。
 中江兆民生は「東洋のルソー」といわれ、自由民権運動の指導者です。長崎留学時代に坂本龍馬と出会い、「中江の兄さん、煙草を買うて来ておーせ」といわれ、龍馬にだけは喜んで従ったという話しがあります。
 ちょっとでも興味がある方は、ぜひ、「TN君の伝記」(なだいなだ著、福音館書店)を読んでみてください。「TN君の伝記」には「中江兆民」という名は出てきませんが、これは中江兆民のお話です。
 写真は1991年に撮ったものです。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●広瀬丹吉釣店    2010/6/14 up  TOP  > 高知東側   
高知市菜園場町5丁目17 

 土佐電鉄「さえんばちょう」下車、停留所前。
 天明元(1781)年、初代が釣針や漁具などの製造をはじめた。龍馬は武市瑞山の道場(店の裏側にある横堀公園に碑がある)からの帰り、この店に着物を預けて堀川で泳いだことや、「おんちゃん寝さしとうせ」とことわって昼寝をしたことなどの伝承があります。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●吉田東洋遭難地    2010/6/14 up  TOP  > 高知東側   
高知市帯屋町2丁目1 

 文久2(1862)年4月8日、城中で藩主に『日本外史』を講義しての帰途、雨の中、帯屋町の自宅付近で勤王党員那須信吾、大石団蔵、安岡嘉助によって暗殺された。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●山内容堂生誕地    2010/6/14 up  TOP  > 高知東側   
高知市追手筋2丁目3 

 幕末の名君と称された土佐藩15代山内容堂は、この追手筋にあった父山内豊著の新屋敷で文政10年誕生。山内家の分家の出身で、母は下士庶民層のお扶持大工の娘だった。嘉永元(1848)年、十四代藩主豊惇の急死にともない、幕府の特別なはからいによって十五代藩主の座につくことができた。そのため、伝統の幕府への忠誠心は、彼においていっそう厚いものとなった。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●武市瑞山殉節地    2003/1/22 up  TOP  > 高知東側   
高知市帯屋町2丁目5-18 

 土佐電鉄「おおはしどおり」下車、徒歩2分。
 山内容堂は吉田東洋の暗殺を勤王党のしわざとにらみ、京都の公武合体派クーデターを好機として、文久3(1863)年9月勤王党首領武市瑞山らを南会所と山田町獄舎に入獄させた。長い取り調べのなかで、田内衛吉の服毒自殺、島村衛吉の拷問死などあり、瑞山は慶応元(1865)年閏5月11日に南会所で切腹した。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●高知城    2010/6/26 up  TOP  > 高知東側   
高知市丸ノ内 

 土佐電鉄「けんちょうまえ」下車、徒歩10分。
場内15棟が国の重要文化財。築城は藩祖山内一豊が、慶長6(1601)年に百々越前守を総奉行として開始、同8年本丸と二の丸、同16年三の丸が完成した。使役者は1日役1,300人といわれる。城下町は東の堀詰から西の升形までを武家の住む郭中とし、町人街は郭中を挟んで上町、下町を設けた。上町方面には武家奉公人、下町方面には藩の御用をつとめる人々を多く住まわせた。野中兼山時代に登用された郷士は原則として城下町に住むことが禁止された。のちに郷士株を得て郷士となった坂本家のある上町からは、高知城が手にとるように見える。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●板垣退助誕生地    2003/1/22 up  TOP  > 高知東側   
高知市本町2丁目3 

 土佐電鉄「おおはしどおり」下車、徒歩1分。JR高知駅からでも徒歩13分ほど。高野寺脇に碑が建っている。
 板垣は龍馬より2歳年下で、郭中上士の出である。龍馬の盟友中岡を介して薩土同盟を慶応3年5月京都で締結。板垣は維新後自由民権運動を推進指導した頃「坂本先生のおかげである」と述懐した。幼少より士格青少年団「盛組」の大将として近隣には知られ、数町をへだてない1歳年下の後藤象二郎とは竹馬の友、「いのす」(猪之助)「やす」(保弥太)と呼び合った。幕末の大政奉還と武力討幕の主役となり、また明治後藩閥に抗して自由民権と大同団結に挺身した二人である。板垣は伯爵を授かったが、大正8年死に臨んで爵位を返上、庶民として83歳で終わる。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●後藤象二郎誕生地    2003/1/22 up  TOP  > 高知東側   
高知市与力町5丁目18 

 土佐電鉄「おおはしどおり」下車、徒歩3分。JR高知駅からでも徒歩15分ほど。聖泉幼稚園前に碑が建っている。
 吉田東洋は義叔父にあたり、土佐藩参政として山内容堂を補佐。武市瑞山ら勤王派を弾圧した。開正館を設立したり、長崎から上海にまで足を伸ばしている。慶応3(1867)年に長崎で龍馬と会い、その提案を受けて大政奉還建白を容堂に進言、龍馬と二人三脚で近代革命のお膳立てをした。明治以後は「失敗の英雄」と称された。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●山内容堂邸跡    2010/7/4 up  TOP  > 高知東側   
高知市鷹匠町2丁目4 

 土佐電鉄「けんちょうまえ」下車、徒歩2分。
 性豪宕磊落で、文武に多彩な才能を有し、ことに大酒家であったことは名高い。嘉永6(1853)年より吉田東洋を抜粋して藩政改革を実施した。安政年間(1854-1860)、中央政局に乗り出し、将軍継嗣問題に参画して一橋派の有力構成員となった。しかし、南紀派との抗争に敗れた結果、隠居謹慎の処分を受け、品川鮫洲の別邸に幽居閉門の日々を送らなければならなくなる。その間に、国許では東洋が勤王党に暗殺された。同年4月、京都をへて国許に戻り、勤王党の弾圧を開始した。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●旧山内家下屋敷長屋(三翠園)    2003/1/22 up  TOP  > 高知東側   
高知市鷹匠町2丁目4 

 土佐電鉄「けんちょうまえ」下車、徒歩3分。
 ホテル三翠園正門から鏡川に向かう坂道に沿って山内家長屋がつづく。白壁武者窓の四軒長屋。慶応3年2月17日、薩摩・島津久光の使者として西郷が高知を訪ね、この場所で容堂と会見し上洛を促した。接待に出た美少年才谷屋坂本市太郎を西郷が見そめ上方に連れ帰ることに執心、坂本家は辞退して汗をかいたという。
 内部には観光資料を展示(AM7:00〜PM5:00、無料)する。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●山内神社    2003/1/22 up  TOP  > 高知東側   
高知市鷹匠町2丁目4-65 

 土佐電鉄「けんちょうまえ」下車、徒歩4分。
 幕末に活躍した15代山内容堂と最後の藩主山内豊範を祭る。明治4年(1871)年の創建。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●坂本龍馬生誕地    2003/1/22 up  TOP  > 高知東側   
高知市上町1丁目7 

 土佐電鉄「かみまちいっちょうめ」下車、徒歩1分。
 電車通り南側、上町病院玄関脇に、吉田茂筆「坂本龍馬先生誕生地」碑が建っている。以前は龍馬の上半身がのった電話ボックスがあったが、現在は違枡桔梗紋とS&Wの画像が入ったベンチが設置されている。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●水道町の水路    2010/6/14 up  TOP  > 高知東側   
高知市上町1丁目〜5丁目 

 土佐電鉄「かみまちいっちょうめ」から「かみまちごちょうめ」のどこかで下車、徒歩1分。
 龍馬の生家の南側に鏡川から取水した水路が通じていた。城下町が成立した時、住民の飲料水を送るために設けられたもので、用水路は5尺(約1.5m)幅で長さ500間(900m)。上流に見張番人を置いて汚水行為を監視、犯したものは厳重に処分したという。
 写真は1991年に撮ったものです。

参考文献: ビックマンスペシャル坂本龍馬を旅する(世界文化社)
なんたって龍馬ジョイフルマップ(高知新聞社)
人物グラフィティ坂本龍馬 青春と旅(旺文社)


 ●日根野道場跡    2010/6/19 up  TOP  > 高知東側   
高知市上町2丁目13 

 龍馬の家から徒歩5分ほどのところ、月の瀬橋の東側あたりにあったようです。碑などが立っているわけではなく、写真もこの辺だということで撮影したものです。

参考文献: 歴史の舞台を旅する2 坂本龍馬(近畿日本ツーリスト)


 ●龍馬の生まれたまち記念館    2010/6/19 up  TOP  > 高知東側   
高知市上町2丁目6-33 

 龍馬の生家を復元しようという計画があったが、図面などがあるわけではなく、根拠のないものを作ることに反対の運動がありました。しかし、龍馬が生まれた町に碑があるだけではと、幕末期の町並みを再現した模型や、龍馬の少年時代から土佐藩脱藩までをCGで再現する展示をした記念館が出来ました。
 正直言って、私も何の意味があるのだろうかと思っておりましたが、2004年に初めて訪れたときには、なかなかのものだと感じました。特に「図書コーナー」がすばらしく、それまで見たこともない本が19冊ありました。(大河ドラマで龍馬伝が放送されてからは、出版が桁違いに多すぎて、見たことない本だらけです)