1999/12/13 up 


西暦(年号) 年齢 月日 主な出来事
1835年(天保6) 1 11/15 高知本丁筋に生まれる
1846年(弘化3) 12 --/-- 楠山庄助塾に入るがすぐに退塾
    6/10 母幸死去(49歳)
1848年(嘉永1) 14 --/-- 日根野弁治に師事し小栗流剣術を修行
1853年(嘉永6) 19 3/-- 日根野弁治より「小栗流和兵法自目録」一巻を伝授される
    3/17 高知出発。江戸で北辰一刀流千葉定吉に入門する
    6/ 3 ペリー、軍艦4隻で浦賀に来航
    12/ 1 佐久間象山に就き砲術入門
1854年(安政1) 20 1/16 ペリー軍艦7隻で再来
    3/ 3 日米和親条約調印
    6/23 江戸から帰国
    8/23 日英和親条約調印
    12/21 日露和親条約調印
    --/-- 河田小竜に会う
1855年(安政2) 21 12/ 4 父八平死去
1856年(安政3) 22 8/ 5 米総領事ハリス、下田に着任
    8/20 高知を出発し、江戸で再遊学
    9/-- 吉田松陰、松下村塾を開く
1857年(安政4) 23 9/-- 江戸修行満期になるが、一年の延期を許される
1858年(安政5) 24 1/-- 千葉定吉から北辰一刀流免許を受ける
    6/19 日米修好通商条約調印
    9/ 3 江戸修行期間が満期になり、高知に帰る
    9/-- 安政の大獄始まる
    11/23 立川木戸にて水戸藩士住谷寅之助・大胡聿蔵と面会する
1859年(安政6)   11/ 1 皇妹和宮の家茂隆嫁発表
1860年(万延1) 26 1/22 勝海舟ら威臨丸で米国に向かう
    3/ 3 桜田門外の変
1861年(文久1) 27 8/-- 土佐勤王党結成
    9/-- 土佐勤王党に血判加盟する
    10/上 「小栗流和兵法三箇条」一巻を伝授される
    10/11 剣術詮議のため高知を立ち、丸亀の矢野道場を訪ねる
1862年(文久2) 28 1/14 武市瑞山の使者として、長州萩に久坂玄瑞を尋ねる
    3/24 沢村惣之丞とともに脱藩。銘刀を龍馬に与えた責を負って姉の栄、自刃
    4/ 1 下関白石正一宅訪問
    4/ 8 吉田東洋暗殺される
    4/23 寺田屋騒動
    5/-- 単身で九州巡歴するが、薩摩入国かなわず
    7/ 6 一橋慶喜、将軍後見職となる
    8/21 生麦事件
    閏8/22 江戸の桶町千葉家に入る
    閏8/26 間崎哲馬らと時勢を談ずる
    閏8/-- 松平慶永に謁見し勝海舟・横井小楠を紹介される
    10/-- 千葉重太郎と勝海舟に会見、門下生となる
    11/-- 近藤長次郎を勝門下に入れる
    12/ 5 武市らの三条勅使扈従の列に入る。松平春嶽に謁見、大阪近海の海防策を具申
    12/17 小笠原図書頭を送る幕艦順道丸に勝と共に乗船、品川出航西上
    12/17 勝海舟に随行し、品川から西上
1863年(文久3) 29 1/ 1 勝の命で近藤・千葉重太郎同伴で京阪に赴く
    1/ 8 高松太郎、千屋寅之助、望月亀弥太らを勝に入門させる
    --/-- 沢村惣之丞、新宮馬之助、安岡金馬、岡田以蔵、吉村虎太郎も勝に就く
    1/13 勝海舟とともに幕艦順道丸で兵庫出港、江戸に向かう
    1/15 下田寄港
    1/16 勝が山内容堂に会い、龍馬の脱藩罪赦免を請うて許される
    1/25 大久保忠寛に会見。西上
    2/25 京都土佐藩邸で七日間の近親後脱藩罪を赦免される
    3/初 京都で兄権平に再会
    3/ 6 安岡金馬と共に航海術修行の藩命を受ける。江戸に向かう
    4/ 2 幕府大目付役大久保忠寛を再訪し、松平春嶽宛親書を託される
    4/ 3 順堂丸で江戸発、西上
    4/10 和歌山滞在中の勝を訪ねる
    4/16 大久保の親書を届けるため福井に向かう
    5/ 2 勝の使者として大阪本願寺に姉小路公知を訪問
    5/10 長州藩、下関で米船を砲撃、ついで仏・蘭船も砲撃
    5/16 海舟の使者として福井に松平慶永を訪問。神戸海軍操練所創設資金の五千両を借用
    5/20 姉小路公知暗殺される(25歳)
    5/27 京都越前藩邸に中根靭負を訪ね松平春嶽の上京を促す
    6/ 1 米国軍、下関を砲撃
    6/ 2 土佐藩士広井磐之助、勝・龍馬らの援助で父の仇を紀泉国境で討つ
    6/ 5 仏国軍艦、下関砲台を占領
    6/上 陸奥陽之助の要請で大和浪人乾十郎の危機を救い、水戸浪人甲宗助から決闘を申し込まれるが大阪東町奉行松平信敏の仲裁を受ける
    6/ 7 高杉晋作、奇兵隊編成
    6/29 勝の使者として京都越前邸に村田巳三郎を訪ね騎兵銃を越前藩に贈る
    7/ 1 近藤長次郎と共に村田を再訪
    7/ 2 薩摩藩、来航の英艦隊と交戦
    7/中 佐藤与之助と共に松平信敏を訪問
    8/17 天誅組の乱
    8/18 公武合体派クーデター、三条実美ら長州へ(八・一八の政変、七卿落ち)。長州藩京都から退去
    9/ 9 海舟とともに順堂丸で江戸発、大阪着
    9/21 土佐勤王党の弾圧、武市瑞山投獄
    9/24 神戸の勝邸へに移る
    10/-- 神戸海軍塾塾頭となる
    10/26 海舟とともに大阪出帆、東下
    10/31 浦賀着
    12/-- 江戸駐在土佐藩庁の召還令を拒み、再び脱藩
    12/27 将軍家茂の上洛艦翔鶴丸品川を出帆、勝とともに従航
1864年(元治1) 30 1/ 8 海舟へ従い大阪へ
    1/15 将軍家茂入京
    2/ 9 幕命(外国連合艦隊の長州攻撃調停)を受けた海舟に従って長崎へ
    2/19 勝の命を受けて熊本の横井小楠を訪い、金品を贈る
    4/ 6 熊本の横井小楠を再び訪ねる
    4/13 大阪へ
    4/13 京都に帰着
    5/21 幕府、神戸に海軍操練所設立
    6/ 2 江戸に向かう
    6/ 5 池田屋騒動
    6/17 幕艦国竜丸で江戸に入る。尊攘派の北海道移住案を海舟に告げる
    7/11 佐久間象山、京都で暗殺される(54歳)
    7/19 禁門の変
    7/28 幕艦翔鶴丸で大阪に入る
    8/ 1 京都に潜入、お竜を寺田屋に預ける
    8/ 2 将軍、長州藩征討を諸侯に命令(第一次長州征伐)
    8/ 5 四国艦隊、下関攻撃開始
    8/中 勝の使者として西郷隆盛と面会
    8/14 長州藩、四国艦隊と講和条約
    8/23 神戸に帰り、京都の情勢を勝に報告
    10/22 海舟に江戸召還命令が出る
    11/10 勝免職、龍馬らのことは西郷に依頼。龍馬、陸奥ら大阪薩摩屋敷に潜む
    12/16 高杉晋作、下関で挙兵
1865年(慶応1) 31 1/15 幕府、長州藩主の伏在により将軍進発の停止を布告
    3/12 幕府、第二次征長令を発す
    3/18 幕府、神戸海軍操練所を廃止
    4/ 5 京都薩摩藩邸で土方久元に会う
    4/22 京都出立
    4/25 鹿児島へ向け、薩摩船胡蝶丸で西郷らと大阪出帆
    5/ 1 鹿児島へ到着、西郷邸・小松帯刀邸に逗留
    5/19 熊本沼山津に横井小楠を訪ねる
    5/24 大宰府で三条実美に謁見
    5/25 東久世通禧に面談
    5/27 大宰府で五卿に謁見、薩長連合を進言する
    閏5/ 1 下関到着
    閏5/ 5 長州下関白石正一郎邸で土方久元と会談。中岡の薩長和解周旋に協賛
    閏5/ 6 桂小五郎と会見、西郷の到着を待つ
    閏5/11 武市瑞山、獄中死
    閏5/21 西郷、下関に上陸せず、桂憤慨し両藩和解蹉跌す
    閏5/29 西郷説得のため、下関出発
    5/-- 亀山社中設立
    6/29 京都薩摩藩邸に入り西郷と面会、違約を糾し、薩摩藩名義で長州藩のために武器購入を要請
    7/21 長州藩士井上聞多・伊藤俊輔、銃器買い付けのため長崎に来る
    8/中 井上・伊藤、高松太郎の協力を得て英国商人グラバーから小銃を買い、薩摩藩船で下関へ
    9/21 家茂、征長上奏し勅許を得る
    9/24 西郷に同行し京都を立つ
    9/29 周防上ノ関に上陸、長州藩家老裏靭に会う
    10/ 3 山口着、長州藩士楫取素彦に会い、西郷の依頼で薩摩のために兵糧米買入周旋
    10/18 近藤長次郎の周旋で薩摩名義の長州藩船ユニオン号を英商グラバーより購入
    10/21 下関で桂小五郎と会談、上京を勧告
    10/21 継母伊予死去(62歳)
    11/ 7 幕府、諸藩に長州出兵を命ずる
    11/下 ユニオン号(桜島丸)に乗り組み長崎に回航、近藤に事務処理を託し下関に帰る
    12/-- 長州藩士中島四郎と「桜島丸改定条約」を結ぶ
1866年(慶応2) 32 1/ 1 下関で三吉慎蔵と会見
    1/10 大阪へ向け、三吉慎蔵と共に下関を出発
    1/14 近藤長次郎、英国密航計画が社中に露顕し、長崎小曾根別宅で自刃(29歳)
    1/16 兵庫着
    1/18 大阪薩摩屋敷に入る。三吉慎蔵と大阪城内に大久保忠寛を訪問
    1/19 伏見寺田屋に入る
    1/20 京都二本松薩摩邸に桂を訪い、直ちに西郷に会い桂の心境を訴えて痛論
    1/21 京都薩摩藩邸で薩長同盟を成立させる
    1/23 (1/24午前三時)寺田屋で伏見町奉行配下に襲撃され負傷、大山彦八に救出され京都薩摩藩邸に匿われる
    1/30 吉井幸輔らの護衛で、三吉・お竜と共に京都の薩摩藩邸に移る。西郷の宿舎で療養
    2/ 5 桂の要請により薩長同盟約定六ヶ条の保証裏書をなす
    3/ 5 薩摩藩船三邦丸で鹿児島へ向け京都出発
    3/10 鹿児島到着。お竜と新婚旅行
    3/17 お竜を伴い塩浸温泉へ旅する
    3/29 霧島山に遊ぶ
    4/14 開成所を参観し海軍養成の必要を説く
    4/中 亀山社中、薩摩藩の援助で帆船ワイルウェフ号を買う
    5/初 長州より進物の米穀が鹿児島に届く
    5/ 2 ワイルウェフ号が五島列島中通島塩屋崎沖で沈没し、池内臓太ら社中12人殉難
    6/ 2 桜島丸にお竜とともに乗船、鹿児島出航。
    6/ 4 お竜を長崎本博多町小曾根家に預ける(翌三年2月まで逗留)
    6/ 7 第二次長州征伐始まる
    6/14 桜島丸、長崎出航。中通島江ノ浜郷に赴き、殉難者を慰霊
    6/16 下関到着。桂に会い、薩摩が謝絶した米を亀山社中に貰う
    6/17 長州対幕府戦に参戦
    6/20 下関で高杉晋作と九州諸藩の操縦策を協議
    7/20 将軍家茂死去(21歳)
    7/28 薩摩藩五代才助と会談
    --/-- 亀山社中の持ち船を失い、伊予大州藩いろは丸を借りる
    8/21 将軍死去のため征長停止の勅命が幕府に下る
    10/28 プロシア商人チョルチーより洋式帆船大極丸を薩摩の保証で購入。蝦夷地開発を企画
    11/-- 九州諸藩親和の商社経営を企画、五代才助と長州藩広沢兵助が馬関商社議定書を作成
    12/-- 長州と土佐の復交を図る
    12/ 5 慶喜、十五代将軍となる
    12/17 山口で土佐藩探索方溝淵広乃丞を桂に紹介、長土ニ藩の復交を図る
    12/25 孝明天皇崩御(37歳)
1867年(慶応3) 33 1/ 9 明治天皇、践祚
    1/-- 下関阿弥陀寺町本陣伊藤助太夫方に居住
    1/中 長崎で後藤象二郎と会見
    1/23 幕府、征長休戦の勅許を布告
    2/10 下関に帰る。お竜を伴い以後伊藤家に預ける
    4/初 脱藩罪を許される。海援隊結成、隊長に任ぜられる
    4/14 高杉晋作死去
    4/19 大洲藩船いろは丸(160トン)に武器・商品を満載し長崎出航
    4/23 いろは丸、瀬戸内海譛州箱ノ岬沖で紀州藩船光丸(880トン)と衝突し沈没
    5/13 長崎着
    5/15 紀州側茂田一次郎らと談判開始
    5/29 薩摩代表五代才助の調停により賠償金八万三千両支弁を約し、いろは丸沈没事件解決
    5/-- 長岡謙吉著述「閑愁録」海援隊蔵版として刊行
    6/ 9 土佐藩船水練(夕顔)で後藤 と共に長崎を出航。「船中八策」成り長岡謙吉に筆記さす
    6/12 兵庫入港
    6/22 薩土盟約成立(龍馬、中岡陪席)
    6/25 中岡と共に岩倉具視を訪い内談
    6/26 薩土芸三藩約定成立
    6/26 大政返上案を西郷に送付する
    7/ 6 長崎でイカルス号(英国水夫2人殺害)事件起こる
    7/28 イカルス号事件に関し、海援隊に嫌疑の報京阪に伝わる
    7/29 松平春嶽より山内容堂あてのイカルス事件に関する書翰を託され土佐に向かう
    7/29 板垣、中岡、西郷、京都で倒幕を密約
    --/-- 大久保、岩倉らが王政復古を計画
    8/ 2 高知須崎入港。土佐藩船夕顔に潜伏
    8/ 3 土佐藩大監察佐々木高行に託し、春嶽の書翰を容堂に渡す
    8/ 7 夕顔船上で英国公使ハリー・パークスと後藤が談判、長崎で再審問と決まる
    8/15 イカルス号事件の現地調査交渉のため、長崎に到着
    8/18 長崎立山奉行所へ龍馬ら海援隊士出頭
    9/10 イカルス号事件の嫌疑解消
    9/15 オランダ商人ハットマンよりライフル銃1,300梃購入約定
    9/18 薩長芸三藩、挙兵倒幕を約す
    9/18 芸州藩船震天丸を借り銃器を積載、長崎出航
    9/20 下関着
    9/24 高知浦戸入港し、土佐藩重役に会い銃器1,000挺を引き渡す
    9/29 戸田雅楽を伴い高知本丁筋の坂本家に5年ぶりに帰宅、兄姉旧同志と対面(2泊)
    10/ 3 土佐藩、幕府へ大政奉還の建白
    10/ 9 京都に入る
    10/ 9 二条城に在京四十藩の重臣を集め、大政奉還決断を継げる
    10/13 薩摩藩に倒幕の密勅
    10/14 長州に倒幕の密勅
    10/15 大政奉還許可される
    10/中 戸田雅楽と謀り新政府のため「三職制新官制案」を擬定
    10/24 慶喜、将軍職の辞職を請う
    11/ 1 越前福井へ行き、松平春嶽と会い後藤よりの上京要請を伝える
    11/ 2 福井で由利公正と面会、新政府財政案を相談
    11/ 5 帰京。「新政府綱領八策」を草し、慶喜が盟主となることを擬定
    11/14 風邪気味のため、近江屋の土蔵密室より母屋の二階に移る
    11/15 夜九時過ぎ、同席の中岡(30歳)と刺客に襲撃され闘死
    12/ 9 朝廷、王政復古を宣言


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