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◆ 島津斉彬 ◆
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島津斉彬 しまずなりあきら1809-1858
〔薩摩〕
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2019/9/19 up
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薩摩藩の藩主の子に生まれた島津斉彬は、子供の頃から秀才で、西洋の化学などを学んだ。斉彬は43歳で藩主になると、軍事力を近代化し、新しい産業を育てるため集成館という大工場群をつくった。鉄鋼や兵器、ガラスなどの生産を、完成した軍艦を幕府に贈った。斉彬は身分の低い西郷隆盛の才能を見抜いて起用し、藩の政治を改革した。また、藩だけではなく幕府の政治にも関わった。幕府と朝廷が協力関係を築き(公武合体)、軍事力を備えて国を守るべきと主張した。養女・篤姫と将軍・徳川家定を結婚させ、次期将軍には秀才と評判だった徳川慶喜をおした。しかし、大老・井伊直弼は徳川家茂を将軍にすると、逆らう者を処罰した。怒った斉彬は、兵を率いて江戸に向かおうとしたが、突然病死した。
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